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「少年が見ていた空」「銃後の少年から民主主義へ」澤田要一さん(東大和市在住)

Y.Sawada

​東大和市で銃撃があった南街は、飛行機のエンジンを作る軍需工場があった。軍需工場以外は農村だったため、大きな戦災はなかった。危ないから防空壕に入れと言われていたが、要一少年は空を見ていた。終戦後、ダムサイトに進駐軍がデイキャンプにきているところを、子ども達は見に行き、コカ・コーラーやチューインガム、サンドウィッチなど、日本にはなかったものをもらう。

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